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〜食事形態について〜


今日の朝ご飯はトースト、お昼はお弁当、夜は家で作った肉料理・・・といったように、現在食事は3食が必須とされています。(人によっては2食や4食もあるでしょうが)食料はスーパーやコンビニエンスストアで買えばすぐに作る事ができるし、冷凍食品等であっという間に出来上がり。中世の世界から考えると「これは神の仕業か?」と返って恐ろしくなっちゃうことでしょう。 食事は当時でも大切なものでしたが、「儀式」と「豊饒」、2つの要素を兼ね備えていました。
当時の主食はパン、と考える方がいると思いますが、地域によって若干の差がありました。パンを主食としていたのはフランス・地中海沿岸の国々などで、イギリスやドイツは豆類(15世紀頃からはジャガイモ)が主な主食です。
貴族以外の人達はこれらの主食とワイン、数種類の肉や野菜を煮込んだ「煮込みスープ」などを食べていました。魚や肉のローストを食べることなど、一生でも希だったのです。

庶民の食事メニュー(例)

朝食(1)パン・牛乳
朝食(2)パン・牛乳・冷たいスープ(野菜入り)
昼食豆料理・温かいスープ(肉入り)
パン又は小麦の団子・シードル
間食葡萄酒・ベーコン又はチーズ
夕食チーズ・冷たいスープ(野菜入り)
シードル又はエール・パン

身分によっても食事時間が異なっていました。普通の人は、早朝からミサに行っていたので、朝食は帰ってから(午前6時頃)軽くとっていました。それから仕事に出かける前にも軽くとっていたとされます。朝食は2食だった訳です。

昼食は9時課(正午)にとっていました。シードル(一番安いワインのようなもの)を片手に、午後の仕事に向けて意欲を燃やしていた事でしょう。
ちなみに、今日のように酒類は夜のみではなく、お昼にもとられていた事が当然でした。(といってもがぶ飲みではありませんが)少量のシードルを口にする事で血行が促進し、疲れをいやしてくれるからです。

仕事が終わるのはだいたい終課(午後6時頃)でした。仕事の終わりは現代とほぼ変わりませんね。
当時のヨーロッパは、すぐに暗くなってしまうので、そう遅くに食事を作る事はできませんでした。簡単な料理で済ましていたようです。


では、高位にある貴族や聖職者はどうでしょうか。
貴族の朝食・昼食は庶民の食事とあまり変わっていないようです。飲み物のシードルがワインに、スープなどのサイドディッシュが串焼き肉などの肉料理になったぐらいです。パンは高級の白パンを食していました。

饗宴のメニュー(例)

肉料理クリーミーチキンのタルト・鹿の肉のシチュー・兎のローストなど
魚料理鰻のサフランソース煮・淡水かます・にしんの塩漬けなど
野菜料理デーツのサラダ・野菜の煮込みスープなど
甘味甘いタルト・フリッター・装飾菓子・ゼリーなど
奇想天外料理金のたまご・魚のゼリー寄せ・生きたカエルとカメのパイなど

貴族の食事はなんといっても夕食(晩餐)、そして祭典の饗宴が一番豪華でした。料理は実にさまざまなものが登場します。肉・魚・野菜料理に甘味、高級なパン、まろやかな味のワイン、そして、イリュージョン・フード(奇想天外料理)・・・と、当時の食事形態としては多岐に渡っていました。
今はレストランなどでのセットメニューなどに用いられていますが、なんといっても量がはんぱなものではありませんでした。ヘンリー四世の戴冠式の際に食されたメニューは全部で42種類もありました。これは異例の量ですが、他の饗宴などでも平均30品以上は円卓にだされていたものです。
(ちなみにフランス料理の基礎を築いたのは中世の饗宴のメニューだったと言われています)

高位な地位にある人達の場合、すぐに食事に手はつけませんでした。日頃の神、そして豊饒を感謝する「儀式」を執り行なったのです。
まず、饗宴の進行をする儀典官が始まりの挨拶をします。その後、3つの儀式をします。


食塩献呈の儀式

儀典官は客人1人1人に食塩を差し上げます。
食塩は高価なものであり、象徴的な意味も込められていました。


パンの儀式

大きな丸パンをパン係(パントゥラー)が切り分けて客人に渡す儀式です。
パンの上位は最も高位な者に渡します。


手洗いの儀式

最後にローズの香りを効かせたぬるま湯が入ったボール(料理等で使うものです)を洗盤係(ラバラー)が客人の前に持ってきて、手を洗ってもらいます。スプーンやフォークはなかったので、食事は全て手で食べていました。食事前の手洗いといったところですね。
この後に食事の鑑別の儀式、祝杯をあげて食事が始まるわけです。
聖職者の場合、肉料理は厳禁とされていましたので、主に魚料理を食していました。内容はパンとワイン、 それと少量の野菜料理と魚料理のみでした。食事の時間は六時課、つまり正午1食のみです。
夏の場合は時間が長いので寝る前に軽い食事をとる事もあります。

食事形態は、このように身分によって全く異なっていたのです。


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